【PROGRAM9】Education First: Malala’s Story【和訳】
学校で習う表現と違う場合がありますので参考程度に見てください。
武装勢力に頭を撃たれながらも奇跡的に助かったパキスタンの少女が、勇気をもって教育の大切さを訴え、世界中の注目を集めました。
Part1・和訳
これはパキスタンの女生徒、マララ・ユスフザイについてのお話です。
彼女は16歳の誕生日の2013年7月12日に国際連合でスピーチをしました。
彼女はすべての子供たちが教育を受ける権利を求めて話しました。
国際連合はその日をマララデーと呼びました。
その9ヶ月ほど前の10月9日、彼女はスクールバスに乗っているときに殺し屋に撃たれました。
彼女は学校から家に帰っているところでした。
すぐに彼女はペシャーワルの病院に運ばれ、そしてまもなくイギリスの別の病院に運ばれました。
1.
➡
2.
➡
Part2・和訳
2009年に、BBC(英国放送協会)はスワート渓谷の普通の人々がどのように暮らしているかを報道したいと思いました。
それで、そこの生活について記事が書ける人を探していました。
マララ以外は誰も賛成しませんでした。
彼女はそれを書くことができるほど勇敢でした。
彼女の日記はグル・マカイという名前でBBC(英国放送協会)のウェブサイトに出ました。
そのときの彼女の町での生活はみじめなものでした。
人々は楽しく過ごすことを許されませんでした。
例えば、彼らはテレビを見ることも音楽を聴くこともできませんでした。
加えて女の子は自由に学校に行くこともできませんでした。
1.
➡
2.
➡
Part3・和訳
はじめは、マララは医者になるという夢を持っていました。
彼女のクラスメートのほとんどは医者にないたいと思っていました。
彼女の社会では女の子は自由に職業を選ぶことができませんでした。
彼女たちが働きたいと思った時、選択肢はほんの少ししかありませんでした。
彼女は自分の国に対して影響力を持つために、今は政治家になりたいと思っています。
「私は自分の国の未来を変えたい、そして教育を必修にしたいと思います」と彼女はBBC(英国放送協会)のインタビューで言いました。
1.
➡
2.
➡
Part4
マララデーには、国際連合にたくさんの人がいました。
彼女のスピーチを聞いていたすべての人々が彼女の言葉に深く感動しました。
マララは育の力を信じていたので「ペンは剣よりも強いのです」と言いました。
彼女は(次のように)言ってスピーチを終えました。
「私たちに本とペンを持たせてください。
それらが最も強力な武器なのです。
一人の子供、一人の先生、一冊の本、そして一本のペンが世界を変えるのです。
教育こそがただひとつの解決策です。まず、教育を。」
1.
➡
2.
➡